2013年7月 花瀬川の河床(錦江町田代川原)

201307

訪れた人々のなかには、「まるで月面に来たようです」との感想を寄せられる方もいるほどの景観。約10万年前に指宿沖付近が大噴火し、その際に噴出した火砕流が堆積、さらに浸食して形成されたのが花瀬川の河床である。

大噴火によって陥没した地形は阿多カルデラ、噴出物は阿多火砕流堆積物と呼ばれ、当地だけではなく、薩摩半島と大隅半島の南部を中心に広く分布する。水量の少ない時などは河床を歩いて往復することもできるし、また防水対策を施せば、さらに上流の水の澄みきる場所まで歩いてのぼることもできる。

この河床では鹿児島の言葉で野外における遊覧を示す「おでばい」が行われ、往時島津氏の当主もこの地を訪れている。

そのひとりが28代当主島津斉彬公で、嘉永6(1853)年、この地で茶会を催している。その際の釜にて湯を沸かせた「お茶亭」が、現在も川のたもとに保存されている。他にも19代光久や24代重年も来遊し、藩内では類を見ない景観を楽しまれている。

花瀬川上流域には照葉樹林が広がり、かつては林業の盛んな地域であった。河床面には、木材搬出のためのトロッコ橋があったことを示すほぞ穴を確認できる場所もある。

緑濃き周辺の山々の間をぬうように連続する灰色の河床。色のコントラストと同時に、その不可思議な地球の息吹に、引き込まれるのも一興だろう。