2011年7月 鴨池動物園跡(鹿児島市鴨池2丁目)

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もとは薩摩藩家老の黒木屋敷があり、のちに12代藩主島津忠義が譲り受け鴨猟を楽しんだ地で、特に冬場には邸内にある池に多くの鴨が飛来したことに由来して「鴨池」の地名が生まれたという。

1916(大正5)年9月、市電の前身である鹿児島電気軌道により、東京上野・京都・大阪天王寺に次いで4番目となる鴨池動物園が開園した。

1928(昭和3)年に市電とともに鹿児島市が買収し市営となる。ライオンやクマ・サルなどのほか、ボート池や水族館・サーカスなどの催しをおこなえる広場があり、市民の憩いの地として人気があった。

昭和30年代までは、園内に路面電車の線路が高架線で引き込まれており、鴨池電停で降りるとすぐに動物たちの声が聞こえていた。

現在、県道20号から鴨池交番前に左折する専用道路は、動物園に向かって線路がカーブしていたことの名残である。

戦後、市街地が拡大するにつれて、騒音や排煙といった環境の悪化や敷地の狭隘化が問題になったため、1972年10月、動物園は平川の地に移転し、鴨池動物園跡には、商業施設や市保健センターが建てられた。敷地の一角につくられた公園は、かつての動物園の石塀が当時のままの姿をとどめている。